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高野文子「棒がいっぽん」 -日常とドラマ- [本]

ブログのカテゴリーに「本」なんて作っておきながら、この半年「本」についてなんて1つしか書いてないんだよね。なのでたまには本の話。といっても漫画。とはいえ。

すごく昔に、何の雑誌で読んだのか「東京コロボックル」っていう見開き2ページの漫画があって。あるときふとそれが気になって「どこかでまた読めないかな」と探ってみたところ、作者は高野文子、「棒がいっぽん」という単行本に収録されてる、ということがわかった。「高野文子って名前は何か聞いたことあるな」というくらいにしか知らず、当時の職場の近所の三省堂本店で買った。そして読んだ。以来、高野文子が非常に好きなのである。
この人の話の流れってのはかなり独特で、「高野文子の文法」ってのがあるんだよね。それに慣れないうちは読みにくいかもしれない。というか、読んでもわからない。何でこのコマの次にこのコマが来るのか、とか。え、そこで終わるんですか、とか。そういうところが、ぼくとしては岩松了の芝居を見た時と似た感覚がある。あの人の芝居も「岩松了の文法」で進んで行くからね。ぼくにはそれが非常に心地よい。

「棒がいっぽん」という単行本は、「日常が生む、日常としてのドラマ」っていうのかな(言葉がうまくないな)普段の日常なんだけど、切り取ってみるとその日常もドラマになるではないか、という、そんな感じの話がたくさん並んでるのね。入院してる女の子が、そこで目にしたものだけが次々と書かれるだけの話とか、バスで出かける時に眠気が襲ってきて微睡んでる、現実と夢が交錯しちゃってる感覚を書いた話とか。(って書くと「なんだそれ」って感じだけど、それだけなわけじゃないので)。
ちなみにぼくがいちばん好きな話は1編目の「美しき町」と言う話。ある新婚夫婦の毎日が何気なく書かれて。そのとある1日の事件がふとクローズアップされて、最後に早朝夜明け前に2人がベランダで外を見ながら「例えば30年たったあとで、今のこうしたことを思い出すのかしら」と言う。日常がふと時空を越えてしまうその一瞬がものすごく好きだ。
あとは、最後に収録されてる「奥村さんのお茄子」。突然現れた人に20年数年前の、とある日の昼ご飯を尋ねられる、というとんでもない話なんだけど、SF的でありながら最終的にはとことん「なんでもない日常」を追うという不思議な感動を覚えてしまう話。これは、読んでみないと説明のつきようのない感覚だな。
他にも、「棒がいっぽん」の後に出た、いまのところ最新作「黄色い本」の中の「黄色い本」とかも好き。ある女子高生が「チボー家の人々」という本(=黄色い本)を読む進めて行くうちに、日常と本の話を重ねて感化されて行くが、最後に卒業直前にその本を図書館に返し、本の世界からも離れる、という。これも、これだけじゃわからないよな。この話は読む度に新しい発見があって、「そうか、そことリンクするのか!」てな具合に見えれば見えるほど好きになる話。最初は全然わからなかったけどね。
いちばん最初の単行本「絶対安全剃刀」に収録されてる「ふとん」とか「田辺のつる」も好きな話。特に「田辺のつる」にはぶっとんだね。天地ひっくり返るくらいの衝撃。

とまあ、知ってる人にしかわからないようなことばかり書いちゃったけど、気になった人は読んでみて下さいませ。

思えば、いつもぼくが芝居書く時とすごく近い話なんだな。題材と言うか、書こうとしてるものとか。だからこんなに惹かれるわけだな。さてこの先ぼくはまた芝居が書けるのだろうか。芝居書くのは大変だからなあ。


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HONDA

高野文子、大好きな漫画家です。近年の作品は特に「時間」の描き方が独特で素晴らしいですよね。「ラッキー嬢ちゃんの新しい仕事」という長編も、コマ割りが凝りまくっていて好きです。
by HONDA (2005-11-05 09:13) 

まさぼう

>HONDAさん
基本的に、HONDAさんとぼくとは好きな世界が似たところにあるようですね。たまたまそのうちの1つ「川跡」というところで知り合った、という。
そこじゃなくても別のところで知り合っててもおかしくなさそうな。ええ。
ちなみに、高野文子では「おともだち」だけ未読です。「ラッキー嬢ちゃん〜」も「るきさん」ももちろん好きです。「るきさん」は障子貼りしてる話とか好きですね。
by まさぼう (2005-11-06 00:26) 

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