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オンリーワン・シアター「初めて自転車に乗れた日」 [芝居]

「過去は振り返らずに、前だけ見て進みなさい」
というのは、歌なんかでもよく言われてることだけど、
ぼくには大切にしてる過去もたくさんあるので、たまには思い返します。
ただ、それは「あのときに戻りたいな」とかって浸るわけではなく、
多分、その時の自分と今の自分の距離を測るためなんだと思う。

ということで。

たびたびぼくが名前を出す、ぼくが大学在学中からやっていた自分たちの芝居組
オンリーワン・シアター
偉そうな言い方になるのでこの言い方は避けて来たけど、
言ってしまえば「ぼくが主宰してた劇団」ということになる。
そのオンリーワン・シアターの2作目「初めて自転車に乗れた日」を上演したのは
1997年3月7〜9日
そこから20年、経ったわけだ。20年、経ったのだねぇ。

この話を書いたのは、ぼくが大学4年の、卒論を書き上げた後。
あとはもう卒業式を残すのみ、という時期に、卒業旅行に行く代わりに
芝居をやったわけだ。
そんな時期に書いたものだから、
意図せず「学生を卒業して社会に出る不安と疑問」に満ちている。
満ちている、というか、書き上げた時に話のすべてが”問いかけ”で、
一切その疑問に答えを出さずに未来に期待だけをして終わってることに気がついた。
その時期の自分が何かものを言うとしたら、そういうことしか言えなかったんだと思う。

もともと、なんとなくタイトルを「初めて自転車に乗れた日」にしよう、
ということは決めてた。
ただ、それがどんな話になるのかなんて、まったく決めてはいなかった。

この1年前、旗揚げ公演「10000ピースのミルクパズル」を書いてる時期に、
深夜のフジテレビでやってた「NON FIX」というシリーズの
「きむ・むいののこしたもの」というドキュメンタリー番組をたまたま見て。
在日朝鮮人であるライターのきむ・むいさんという方が、
祖国である北朝鮮を批判する記事を書きながら、一度その実態を自分の目で見てみたい、
と渡航の申請を出すも受け入れられず。
「どうしても行かれないんですよ」と酒の席で悔しがっていて、
その後渡航できないまま亡くなった、ということを、本人映像一切無しで番組は作られていて。
この番組のことがなぜかずっと心の中に残ってて。
(今でもこの番組はもう一度見てみたいと思ってる。)

ある日、夜になかなか寝付けなくて布団に潜りながら、なぜだか無性に、
自分が小さい頃に住んでいた富山に「今すぐ行きたい!」と焦がれるように
思ったことがあって。
あの気持ちの素がなんだったのかいまだによくわからないんだけど。

それからしばらくしたら、自分が無性に富山に行きたくなったこと、
ドキュメンタリー番組のこと、
それが重なって「行きたいのに行かれない場所」というイメージが出来上がってきた。
そこに、「まっすぐ前に進みたいのに、なぜか右へ左へ曲がってしまってうまく進めない」
という、初めて補助輪を外して自転車に乗る練習をした時のことが結びついて。
そして「初めて自転車に乗れた日」という芝居の一番の下地が出来上がった。

話は2人の姉妹と、姉の婚約者、姉妹のいとことその友達2人、という6人が、
姉妹の引っ越しの手伝いをしている、という70分。
最終的に、部屋に何も無くなって「じゃね」と挨拶をして出て行く、というエンディング。

「引っ越しの最中に話をし過ぎだ」とか、「話にいちいち言い訳をしてる」とか、
いろいろと批判はいただいた。
もちろん芝居という形で見ていただいてるので、その辺は言われて当然だ。
でも、なんというか、
ぼくはとにかくここで、自分自身の決意表明のようなものを
ただただ出しておきたかったんだと思う。

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「自分のやりたいことに向かうのって、そんなにいけないことかな?
  世間的にいけない人間なのかな?」
「・・・まあ、いろいろ言われちゃうのはしかたないんじゃない?」

「ただね、おれ、この先どんな風でも、自分が間違ってないって思える限り
  後悔はしないと思うんだ。
  正しくはないかもしれないけど、間違ってはないと思ってるからさ。」
「ごめんね。あたしは何も言えないけど、応援ぐらいはしてあげるわ。」
「ありがとう。」
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自分の言葉を一番信頼してた役者に言ってもらった。
自分で言うには、多分重すぎたんだろうな。

確か千秋楽を終えて、みんなで和を組んだ時にぼくは、
「この芝居を、40を過ぎてからまたやったとしたら、自分がどんな風に感じるのか、
 答えが出てるのか、試してみたい」
って言った気がする。

実は図らずも、ここから5年後の2002年5月に「180℃」という芝居を書き、
そこで一度その答えを出し切っている。
これもまた自分の決意表明のような芝居だったんだけど。
全部書き上げて、公演を終えて、
「あー、『自転車』で投げかけたことに答え出してたわ、これ」と感じたような。

もしかしたらそこからまた考え方が変わってるかもしれない。
もし変わってたとしたら、もう無理だと思ってた「次の脚本」が書けるのかもしれない。

トリのマーク を見納める [芝居]

topimage2.gif
「これがわたしたちの名前です。発音はできません。どうぞ好きな呼び方で呼んでください」

という、マークが集団名になってる劇団というか、グループ。
<トリのマーク(通称)>と表記されることが多い。
ぼくは、以前柳澤さんとお話しした時に「トリ」と言ってたので、以来「トリ」と読んでる。

そんなトリの最終公演「ここから見えるのはきみの家」を見てきた。
25年で幕を閉じることにしたようだ。

思えば最初に見たのは大学時代。
演劇ぶっくにたびたび取り上げられてて気になってたところに、当時の彼女が「高校の同級生がえんぶに出てるの!」と見せてくれたのがトリ。
じゃ、今度見に行ってみよう、と見に行ったのが最初。
それからずっと。
主宰の山中さんと、看板女優の柳澤さん以外は役者さんもずいぶん入れ替わったけど、常にいい空気をまとってる方ばかりだった。
一時期は公演後にファンミーティング的なことをやったり、役者や作家としてのワークショップもやってて、勇んで参加させてもらったりして。
特に、脚本のワークショップのときはいろいろヒントをもらったなぁ。
そんな中で、今は照明担当として裏方に回ってる、当時は役者だった出月さんとはほんとに仲良くさせてもらって。
その頃の役者募集のオーディションに本気で応募しようかと思ったんだけど、先述の彼女から「出月さんはふたり要らないでしょう」と言われ。
その頃から参加してた櫻井くんも、若い役者という感じだったのが、今回の最終公演ではなくてはならない存在になってたなぁ。

ある時期、トリは東京飛び出して西の方へ行ったり、山の方に行ったり、東京でも下町の方と繋がりが深くなっていって、そして山中さんと柳澤さんのふたりは曳舟の商店街にあった古い薬局あとに「こぐま」という古民家カフェをオープンさせた。
オープン当初はこぐまでの公演や企画を打ったりもしてたんだけど、次第にトリの公演の周期は拡がっていって。
しばらく年1ペースでやってたのが、今回は3年空いて。
そして久しぶりの公演が「最終公演」であるとアナウンス。
最後の公演には看板女優だった柳澤さんは参加せず。
DSC_4672.jpg
それでも、トリはトリだった。
山中さんの世界はいつまでも変わらなくてうれしかった。
でも、見ながらどうしても昔のことを考えてしまう。
特に今までのことを総括するような記念公演的なものではなく、あくまでも「いつものトリの世界」なのだけど。
山中さんの作り出す世界には、だいたい決まったポジションに役割が振られてて。
そこに、その時々のちょうどいい役者さんがはまっていくのだ、と。
(ただ、出月さん的ポジションは次第にいなくなっていったなぁ。櫻井くんが少しずつそっちに動いてきた感じはあるけど。)
あんまり、そう言う見方をしてしまうのは、そこで演じてる役者さんに非常に失礼なことなので考えないようにはしていたのだけど、
どうしてもよぎってしまうのが「ああ、この人は柳澤さんのポジション担当か」とか、「あの時期ならこの人は丹保さんだな」などと考えてしまって。

12ヶ月連続公演とか、ギロンと探偵シリーズとか、さかなおとことか。
場合によっては1日だけ、1回だけの公演なんかもあったから、日が合わないと見られないこともよくあって、なんとか予定を調整したこともあったな。
見られないのがもったいなくて。
ほんと、見られる限り通ったよね。
あの時期は、作る側も大変だったけど、追う側も大変だった。
でも、それがなんというか、変な共有意識まで持っちゃったりして。
見る側もトリの世界に混ぜてもらう、というのか。
劇場でやってても、屋敷の一部屋でやってても、寺の座敷でやってても、
ギャラリーでやってても、店の一角でやってても、
トリの世界が始まるとそこはトリの世界と時間軸があった。
そこにふわっと風が吹いて、通り抜けて行った。

普通の会話のようでいて何かがちょっとずれていたり、
普通の感覚かと思って聞いていると時間軸がものすごく動いていたり。
時には言葉さえ捨てていたり。
そんなトリの世界が大好きでした。

個人的に一番印象に残っているのは2001年12月の公演「Nusrat with red pepper and garlic」
この時の、終わり間際の会話とふとした動きで、その芝居のすべてがすーっと1本につながって「うわぁ!そう言うことだったのか!!」という驚きがいうか、その感覚の気持ちよさが何とも忘れられず。
(あれが15年前なのか・・・)。

一度、ぼくの公演に山中さんが見に来てくださったことがあって。
どんな劇評をされるのかドキドキだったんだけど、「すごく良かったですよ」と言ってもらえてほんとにうれしかった。
まぁ、「ダメですね」とは言わないだろうけどね。

思えば、自分が役者として出る時に、頭のどこかで「役者としての」山中さんの、なんというか旅人感の様なものをほんのり意識してたのかもしれないな、
なんてことを、最後の公演を見ながらふと感じたりもした。


終演後に山中さんとご挨拶させてもらって。
「最終公演なんですねぇ・・・」と言うと、
「柳澤が引退しちゃったのでね。」というお答え。
オフィシャルな場で言ってはいないのでここに書いてしまうのはどうかとも思いつつ、終演後のお話の中で隠さずに話してることなので、まあ書き留めておいてもよいかな。だめならあとで消します。

つまり、看板役者であった柳澤さんが、そろそろ公演のための時間を作ることや公演自体に関しての体力がきつくなって来た、ということで。
そこで「引退します」と、今回も稽古などにも一切顔を出さなかったと。
山中さんとしては、柳澤さんがいなくなることで「トリのマーク」という看板は一度おろそう、と。
柳澤さん自身は、存続しても「別にいいよ」というスタンスだったようだが、山中さんとしては、やはり区切りを付けたかったようだ。
それが、25周年目にして最終公演とした理由。

ということは、山中さん自身はまだ芝居を作ってくださるのかな?
「まだ何も決めてはいないですけどね。」
「とりあえず、トリは終了することにしました」と。

トリがなくなったのは残念なことだけど、
山中さんの作り出す世界は、違う形でそのうちひょっこり現れるかもしれない。

それを待ちながら、また久しぶりに「こぐま」を訪問しようと思う。

20年、か・・・ [芝居]

あれから20年も経ったのか。

と、ふと気がついたのはほんのおとといの話。
風呂につかりながらふと「ああ、最初にオンリーワン・シアターで芝居やったのこのくらいの時期だったな」と思い出し、「あれ、何年だったっけ?・・・1996年? てことはちょうど20年!」と。
そこで、あらためて見直してみたら3/8-10が公演期間だった。

EPSON003.jpg

ぼくがまだ大学3年生のとき。
とりあえず、一度自分で脚本と演出を試してみたくて、同期と一代下の数名に声かけて。
実はこのとき、ちょうど定例公演の狭間になってたこともあって、劇研内では見事に同じ週末に3組、公演を打つと決めたグループがいて。うちもその1つだったのね。
なので、よく「そっちはどう?」なんて情報交換したり、「お互いがんばろう」って。
ほんとは、みんなそれぞれの芝居を見に行きたかったし、見てもらいたかったけどね。

この当時ぼくは、というかもともと芝居始めた頃は第三舞台の影を追ってるようなところがあって、
あんな感じの芝居にしたいなぁ、と考えてたのね。
途中でダンスが入ったり群唱しちゃったりするタイプの芝居。
でも、実際に脚本書き始めるとそういうのいらないなぁ、って感じになって。
結局会話劇のスタイルに落ち着いた。
その後何本か芝居書いたけど、結局のところ自分の作りたいのは会話劇だったな、って。

旗揚げ公演の「10000ピースのミルクパズル」は『偶然』というのがキーワード。
今、「Eテレ0655」で『今日の選択』って歌を流してるんだけど、まさにあのことを書いた話で。
あるときの選択によって"A"を選んだ自分と"B"を選んだ自分はその後違う人生になっていく、という。
そんなような話をね。決してうまく書けてはいないんだけど、高ぶる情熱の中書いた感じ。

たしか、ちょうど10年前、残ってる映像見たんだよなぁ。
その時に、「演出しきれてない」という思いと同時に「すごいこと言ってる」って言うセリフがあった
という記憶がある。
ていうか、そのこと確かブログに書いてたな。これか
あの映像見てからももう10年経つのか。

これが旗揚げ公演の役者陣。
EPSON004.JPG
みんな若いな。
すっかり連絡取れなくなっちゃったのもいるなぁ。この中には。

ちなみに、オンリーワン・シアターは解散させてはいません。
最後の公演からすでに10数年は経ってるんだけど、少なくともぼくの心の中には、
「時期が来たら、いつかまたやれる」と思ってる。
ここ数年はなかなか集まることも少なくなっちゃったけど。

いつの日か、またオンリーワン・シアターの名で芝居をやります。
きっと。

上映会 終了! [芝居]

ここのところお話ししてました「哀艶のジョルノ2~夢魘のサイガ~」、上映会はすべて終了しました。
見に来てくださったたくさんのみなさま、ありがとうございました!

ぼくは最終日の3日だけ現場に入らせてもらったんだけど、14時の回は追加の椅子を用意するくらいの人でにぎわいまして。本当にありがとうございました。

今回はぼく自身久しぶりの役者業で、ちょっと勘も鈍りまくりな感じだったんだけど、周りの役者さんたちが「いい感じ」の役者揃いで、なかなか刺激になりましたよ。
でもって、こんな役でした。
DSC_2597.jpg
監督から「衣装は着物を考えてます」と言われた時は「わかってらっしゃる!」と思ったもので。
ここぞとばかりなで肩を活かしてますよ。(のわりにはずっと腕組んでるけど)。
ちなみにちょうど髪が伸びてた時で、「このままの方がイメージ出るかな」と思い、あえてそのまま。
洗い髪のままで、メイクのMasayoさんに「好きにやってください」と言ったら「案外このままでいいかも」と。

ちなみにこの撮影の後、こうなるのね。
DSC_2611.jpg
両方の膝をやられたんだけど、特に左足の膝は「このまま軟骨が変形するんじゃないか」と思うほど、1ヶ月半くらい腫れが引かなくて大変だった。

という、体張った演技をしまして。
出てるのは1シーンだけだけど。

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上映会のアフタートークは、いつもいろいろお世話になってる御手洗かりんちゃんの司会進行で、主演の菅由紀子さん、敵ボス的な山本健史さん、寿寿さん、園田シンジさんとともに。
役者としては「セリフが無いのにアフレコした話」と、「ミュージシャンと役者の違い」というような話をして。
最終回だけホシノエイジ監督も加わって、音楽担当の中田さんとして、どんな風に作ったか、どこが大変だったか、と言う話をね。
で、それ話したら「見る前に聞きたかった!」「もう1回見て確認したい!」というような声もあって。
今度こういう機会があったら、先の回にそう言う話をした方がいいのかな?
そうしたら、2回見てくれたりする人もいたのかな?
(いや、中には複数回見てくださったお客様もいるのです。ありがとうございます!!)

ま、今回の音楽についての話はまたあらためてするとして。

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上映会終わったあとは、3日間アフタートークを担当してくださった芝居ユニット『オクスリ』のみなさんや監督、準主役のかりんちゃんと打ち上げ。
前にも「撮影打ち上げ」した時にいろいろと話はしたんだけど、編集終わって実際の映像見て、そこで「あーだったこーだった」と言う話で盛り上がってね。
音楽もほめてもらったうれしかったな。「場面の空気感をしっかり出してくれてよかった」とか。
あえて同じメロディを別の場面に組み込んだ意図をつかんでもらえてたりね。

ちなみに、オクスリさんの中でも「特異なセンス」と言われ続けてる日向野さんと、「おもしろい」と思うツボがちょっとかぶってて、山本さんから「甘やかさないでください!」みたいに言われたりもして。
でも、日向野さんのツボが、どうも菅さんの年代を考えるとちょっとずれるような気もして。
あれ、日向野さんて思ってるよりも歳が自分に近いのかな?
と思って聞いてみたらなんと同い年だった!(てこれ、言っちゃったらまずいかな?)
厳密には早生まれの彼女の方が学年は上になるんだけど、うちらの歳の「マイペース最強説」にさらに信憑性が出て来た気がする。
(ここ、やばかったらカットします。)

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さて、今回の「哀艶のジョルノ2~夢魘のサイガ~」ですが、さらにここから再編集して、この先の映像コンクールへの出品を予定してるということで、すぐにYouTubeにアップされる、というようなことはないです。
その先で、また何かしら公開できるような機会が作られると思うけれども、今回見逃した方はその機会を待ってみてくださいませ。

はるおさん、映画に出る の巻 [芝居]

いきなりですが、びゅーちふるずの唐田春男さん、自主制作映画に出ます。

びゅーちふるずの桜チョメ吉くんがMCを担当してた「ウィンディーズマニア」シリーズなどの
ディレクターであるホシノエイジ監督が昨年夏に撮影した映画に、ほんの1シーンだけですが出ております。

「哀艶のジョルノ2~夢魘のサイガ~」


【あらすじ】
伝説の殺し屋、ザック平川が襲われた。
彼の所属する殺し請負会社KRAKEN.inc。
この会社の隠蔽課課長代理、斎賀涼子。
彼女に下された指令、「ザック襲撃の痕跡を消去、そして襲った者の抹殺」。
戦闘不向き、血が苦手、そして怖がりな彼女はどうするのか。
悪夢はまだ始まったばかりだ・・・。

上映日時:5/1(金)19:30 5/2(土)14:00 16:00 18:00 5/3(日)14:00 16:00 18:00
会場:原宿 CAPSULE THEATER (〒150-0001 東京都渋谷区神宮前 2-27-3 ハウス神宮前1F TEL : 03-6447-2369)
料金:前売・当日 1000円 (全席自由・予約された方が優先でご入場)
<予約はこちらから>
※上映30分前より開場(当日券をお求めの方は上映15分前より入場となります。)
※日時指定・全席自由
※チケット予約完売の回は立見となります。ご了承下さいませ。
アフタートーク:全日程上映後、出演者陣によるアフタートーク(10分程度)を行います。(参加出演者順次発表)
お問合せ: メール

出演:菅由紀子 御手洗かりん 山本健史 寿寿 日向野敦子 橋本昭博 中村匡克 加藤このみ 大高洋子 樋口舞
辻京太 園田シンジ 笠兼三 佐々木潤子 今井美佐穂 唐田春男 小門真也 福井将太 森翔太 NIWA 松田かすみ
柏木俊彦 桜チョメ吉 晴畱屋美倭古 ジュラン 木屋町さる 戸枝尚 日比野線 長井短 杉山璃緒苗
音楽 : 中田征毅 / 助監督:乙黒恭平 山崎一生
ヘアメイク・アートディレクター:Masayo / エンディングテーマ : 御手洗かりん(作曲 樋口舞)
監督:ホシノエイジ / 脚本:月野餃子 ホシノエイジ
企画・製作 : New Age Cinema / ウィンディーズマニア! / 制作協力 : 第0楽章
協力 : オクスリ / びゅーちふるず / ミスゴブリン / niwa-coya / スポンジ / coba / 渋谷space EDGE
桜チョメ吉のチョメチョメ倶楽部 / Moratorium Pants / ムジカ・ダ・レダ / Blueshuttle / 劇団ひまわり

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自主制作映画にしては相当な人数出てますね。
楽しければOK!という監督の遊び心満載の映画です。
サスペンス・バイオレンス的な予告になってますが、中身はバラエティ的に楽しめる63分。
予告編にも一瞬だけ、はるおさん映ってますねぇ。

そして、上のクレジットでしれっと出てますが、
今回、サウンドトラックをぼくが担当してます。
はるおさんが出てる映画の音楽をまさぼうが担当する。
いいんです。深くは考えなくて。

ちなみに、上映各回、アフタートークがあります。
くわしいことはHPへ。
はるおさんは最終日3日の14:00/16:00の回に。
そしてまさぼうは最終日3日の18:00の回でアフタートーク参加です。

はるおがどんな1シーンで出たのか、
はたまたまさぼうはどんな音楽を作ったのか。
気になる方はぜひ見にいらしてくださいませ。

ついでに。
先日、映画の宣伝のために、出演者の中でも「ミュージシャンチーム」で出演して来たネット番組が
こちらに上がってます。
これはこれ単体でも楽しめるかも。

<樋口舞のmusica da Leda, 2015-04-21>
ゲスト:ホシノエイジ、御手洗かりん、桜チョメ吉、唐田春男、晴畱屋美倭古


じゃ、みんな。
頼んだよ!

『ショーガール』 [芝居]

先週の話なんだけどね。
見てきましたよ。PARCO劇場での『ショーガール』
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PARCO劇場での『君となら』のソワレ終演後、というレイトショー。
ガール、とは言えども男女二人芝居、というか、ショー。
あの『君となら』のセットがねぇ、そんなことになってるとはね。
あのピアノは、確かに気になってたんだよね。
これは先に『君となら』を見てた人は、より楽しめると思うな。
セットに関してもだけど、合間にちょろっと入ってくる台詞に、リンクしてることが多々ありで。

1時間の公演のうち、前半はプチミュージカル。
後半が二人の歌とダンスでつないでいくレビュー、といった構成でね。

いやぁ、ホントに楽しいショーだったよ。
笑いもふんだんにあるし、2人の歌はホントに素晴らしいし。
シルビア・グラブの歌は、聞いててほんとに気持ちいい響きな上に、音がぶれないねぇ。音程も言葉もはっきりしてて聞きやすいし、踊ればキレがあるし、時に妖艶だし。
最後はスタイルのよさもくっきり。後ろの女の人が「足長ーい!」とため息こぼしてたよ。

ほんと、おしゃれで楽しい1時間。
夜の22時から終わりは23時過ぎ。
帰りはみんな笑顔で撤収、て感じだったね。

そういえば三谷さんはその昔、東京サンシャインボーイズでTHEATER TOPSにて『99連隊』て男だけの芝居が終わったあとに、女優2人の『小さな戦場の大きな女』っていう別の芝居をやったことがあるんだよね。あれは休演日とかだったのかな?
とにかくあれも、今回の布石にはなってるのかな。

『君となら』を見てればさらに楽しめるけど、そうじゃない人も、ふらっと夜のお楽しみとして見に行ってもいいかもしれない。
ちょっと、おしゃれな自分になれる気がするよ。

『君となら』 [芝居]

PARCO劇場でやってる、三谷さんの『君となら』を見てきまして。
初演と再演の両方を見てるんだけど、「おー、またやるのか!」とちょっとワクワクしながら見に行ってね。
で、ちょっとした衝撃だったのは、これ初演が1995年だということ。ほぼ20年前。
えーーー!あれがそんなに昔のことだったのか!!
kimitonara.jpg
実は話の中ではこれ、「すれ違い」と「その場しのぎの嘘」が重なって行くことがおもしろさを生むんだけど、今の時代に合わせて「携帯電話」なんてものが存在してしまうと、途端に話が終わってしまう、という作りなんだよね。
というか、今回それに気がついた。

なもんで、あえて「1995年」に観客の頭を戻させるためだと思われる当時の流行歌(いや、それよりも2-3年前の設定だな)を客入れ中延々流してた。
はじめは「懐かしい歌かけてるなぁ」くらいにしか思わなかったんだけど、始まってから合点が行ったというね。
ちなみに幕が開くときは『愛は勝つ』。これで始まるのか!と思ったものの、ああ、これは『ステキな金縛り』のつながりでKANさん使ったのか、と。
(さらにちょっとネタバレすると、劇中BGMで『よければ一緒に』も流れる。)

でもって、お話。
基本的には脚本はあまり変えてない感じ。
三谷さんはそもそも「当て書き」をする人なので、当然、その役を違う人がやれば少々のイメージの違いは出てくるわけで。
そう言う部分では、今回のキャストが決して悪いわけではないんだけど、初演を知っているだけにね。
その時の役者さんの顔がちょっと見え隠れして無意識に比べてしまっていて。
そんな見方をしてしまった自分が残念だった。

でも、初舞台という竹内結子もイモトアヤコも、非常にイキイキしててよかったよ。

しかしね、草刈正雄の「お父さん」はかなりずるいね。
最後までパジャマで押し通すお父さん。
ああいうお父さんを、もっといろんなところでやっててもいいかもしれない。
草刈正雄だからこそのずるいセリフもあったりしてね。

それと、今回お母さんだった長野里美もね。
この人は、こういう役やらせたらホントにかわいらしくてしょうがないってば。
もしかしたら、長野さんだけ、初演の影がなかったかもしれない。

初演と違って、今回は三谷さん直々の演出。
なんだか、そんなに脚本は変えてないと思うんだけどキュッとコンパクトになった感じもしたな。
時間がね、多分短くなってると思う。感覚的なものかな?

そうそう、揚げ足取るわけじゃないんだけど。
草刈正雄がね、設定上の大事なセリフを多分間違ったんだよね、この日。
見てて「ん?」て思って。後からパンフを読んでみて「やっぱりそうだよね。」みたいな。
致命的ではないだけど、ちょっと混乱はしたかな。

いつもPARCO劇場で三谷さんの芝居をやるときは、ロビーに歴代の「三谷ーPARCO」組のポスターが並んでるんだけど、ここ数年のものは大分落ちてるものの、結構な数見て来てるんだなぁ、とあらためて感じたね。
まあ、最初に見たのが、この組み合わせでは3本目にあたる1994年の『出口なし!』だから、ほぼ20年。
・・・やっぱり20年てちょっとびっくりするわ。そんなに年とったんだな。

この秋にはまた新作の『紫式部ダイアリー』という2人芝居もあるし、それもちゃんと見に行こうと思う。
そして、今PARCO劇場で『君となら』の終演後にやってる1時間程度の『SHOW GIRL』というお芝居を、今日の夜に見てきます!
やっぱり、芝居はちゃんと劇場で見るのがいいね。

「朝日のような夕日をつれて2014」 [芝居]

正直、この芝居をまた見られるとは思ってなかったよ。
1997年の時点で「おそらくこれが最後でしょう」と言ってたし、第三舞台自体も解散しちゃったからね。
それが、まさかの2014年版。
ウラヤマとエスカワは大高さんと小須田さん。
見逃したら絶対に後悔するぞ、これ。

てなわけで、見てきましたよ。
紀伊国屋ホールまで。
ていうか、紀伊国屋ホールも久しぶりだったなぁ。

冒頭の群唱、『The End Of Asia』でのダンス。
繰り返し繰り返し見たビデオと変わらず。
そして、大高さんと小須田さんがいる。
なんか、それだけでちょっとグッと来てる。

話の中心になる「おもちゃ」の進化具合もすごいことになってるよね。
前回97年で「ネットワークゲーム」だったものが「スマホアプリ」までくるとは。
初演のときは、そんな未来想像できてないだろうに。
鴻上さんは、もしかしたら日々「今、朝日をやるならこれ」というテクノロジーを逐一チェックして溜め込んでたりするんじゃないか、と。

そういう部分のバージョンアップはしっかりされてるものの、時代を背景にしない部分では基本の演出も変えず。
ダンスも曲も大きくは変えず。
それだけに、見ていて「これ、おれ踊れるわ・・・」なんて思えるほど、ぼくにはすっかりバイブルのような存在になってるんだなぁ、とあらためて感じた次第。

で、見ながらいろんなことが渦巻いて来て。
学生時代、ぼくは「大高さんのような役者になりたい」と、ひたすら大高さんの芝居を意識してたからね。
その人の原点の芝居。初演から33年だか経って、50代半ばになった役者さんが「社長/部長」などの役をやる説得力の違い。
変わらぬキレ。
おそらく、97年版を下敷きにバージョンアップ、と言った感じの今回。
気持ちまでが、あの「ひたすら芝居をやってたおれ」に揺さぶられるようでね。
何ともいえない気持ち。難しくて説明しづらいんだけど。

いうまでもなく、芝居をまたやりたくなってます。
今日のところはこの辺で。

5倍もの [芝居]

ぼくがこのGW中の2日に見て、6日の夜にブログの記事にした芝居「おのれナポレオン」
まさか翌日あんなことになるだなんて思いもしなかったので、とにかくびっくりした。

三谷さんは役者にあてて脚本を書くので、その役は必ずその役者さんが演じることを前提にして書かれてるんだよね。
なので、自身が知らないところで脚本を使われることを一切許可しない、ということでも有名。
それゆえ、戯曲集も発売されないんだよね。

そんな三谷さんの芝居において、役者の代打。
天海さんも大変残念だっただろうけど、急遽の代役を引き受けた宮沢りえも相当なものだよね。
これは「どちらがいい/悪い」ということではなく、あの役を宮沢りえがどんな風に演じるのか、それはそれで見てみたかったという思いもある。
ただ、ぼくは2日に見に行っておいてよかったなあ、と。
だって、あんなにニュースになっちゃったら何をどうがんばっても当日券でなんて見られなかったと思うもん。
ただでさえ、三谷さんと野田秀樹のコラボ芝居なんてとんでもないというのに。

で、まあ日々ニュースになってたけど。
「今回の一件を逆手に取った演出うんぬん」というのが「ああ、あそこの場面だな」てのはすぐわかる。
だけど、野田さんのセリフで「見ている人を緊張させてはいけない」というのは元々あったセリフ。
そして、元からあのセリフでは大きく笑いを取ってた。
もちろん今回の一件でその意味がかなり大きく変わったのは事実だけど「独自の演出」ではないんだな。
あれを得意げに書いてた記者。元を知らないでしたり顔で書いたな・・・。
それから、当日券の列に並んで「3時間も並んだのに見られないとは!」って怒ってた人がいたというけど、あのね。
そもそも今回の芝居はほんとに当日券で見ようと思ったら、夜7時からの公演のために朝9時から並ぶ覚悟で立ち向かわなければいけない類いの芝居ですよ。3時間ごときで偉そうに言うな。ミーハーが。

今回のことでぼくが何より残念なのは、これだけの芝居の映像化が中止になった、ていうこと。
カメラが入る予定の公演が中止になっちゃったので、どうにもならないよね。
おそらくゲネプロの時点で映像は抑えてるだろうけど、そんなものを三谷さんが表に出すとは到底思えない。
DVDになったらちゃんと買って見直したいな、と思ってただけに、残念。
まあ、それはそれで、もともと演劇はそういうものだ、っていうことでよしとするしか。
でも、残念だ。

そういえば思い出したんだけど、これ当日券で見に行く前に、mixiの掲示板で「チケット売ります」っていう書き込みがあったんでメッセージ出してみたのね。ただ「2枚」ということだったんで「"1枚"でも売っていただけるなら」と言ったところ「2枚で欲しいと言う方がいたので、今回はすみません」ってお返事が来て。
その公演は8日夜のものだったんだよね。もしそのチケットを売ってもらってたとしたら、2日には当日券で見に行かなかったんだよな。で、8日は中止になった日ね。
運がついてたな。

なんにしろ、気になったものは見ておかないとね。
今回の「おのれナポレオン」、何年後かに再演でもするかな。

いやあそれにしても。
タイミングがタイミングだっただけに、あのブログの記事は通常の5倍のページビューがありましたよ。
そして検索ワードに「おのれナポレオン」「当日券」てのがすごい数。
ごめんね。別に当日券情報はどこにも書いてないのに。

「おのれナポレオン」 [芝居]

さて、GWも終わりですが。
今年のGWは、というか「も」というか。ライブとリハで終始してた感じ。
そんな中、2日の昼に、本当に久しぶりに「当日券に並んで、立ち見で芝居を見る」と言うことをしましたよ。
大学時代にはよくやってたこと。
というか、最近は当時券の予約も電話になってるところが多いから、いわゆる「朝から並ぶ」ということ自体が無くなって来てるんじゃないかな、というのもある。
今回もそんな「当日券電話予約」なのかと思って調べたら「開館前はお並びいただけません」て書いてある。
てことは、並ぶのか。がんばるか。

でもって、見たのはこちら。
「おのれナポレオン」
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演劇界ではこれ、かなりな事件である芝居ですよ。
現代日本を代表する劇作家・演出家でもある野田秀樹が"役者として"他の人の舞台に出る、という。
しかも三谷幸喜の作・演出。
このことを、あまり芝居のことを知らない人に説明するのに、どんなたとえならわかりやすいかな、と考えてこういうたとえにたどり着いた。
「ユーミンが、小室哲哉の作詞作曲でシングルを出すようなもの」。わかりやすいでしょ。

ま、そんな芝居ですよ。見逃せないでしょ。
(そのわりに前売りでチケット取ってないっていうね。)

芝居の内容としては、ナポレオンの死にまつわる歴史ミステリー、というところ。
歴史好きで、かつ「古畑」的ミステリーを得意とする三谷さんならではのお話。

ここで野田秀樹はやはり「ナポレオン」の役なんだけど、ほかのところへ行っても野田秀樹は野田秀樹だなあ、と。
もちろん、その部分を全面的に出すことが三谷幸喜の目論みでもあるのはよくわかる。
いつもと違うのは、野田秀樹が「言葉で遊びださない」というところ。
野田秀樹と言えばそこも合わせて一体、みたいなところがあるからね。

そして、中世ヨーロッパのドレスなんか着ると天海祐希は本当にきれいだね。
華々しさの格が違う。

ま、まだ上演中だし、今週はライブビューイング付きの公演なんかもあるらしいのであえて内容に言及することはしないけど。
1カ所、演出で「うわ、すげぇ!!」ってトリハダたっちゃったところがあったよ。
ぼーっと見てると気がつかないことかもしれないんだけど、気がついちゃったらとんでもない、と。

おそらくこれもWOWOWあたりで放送しそうなので、またそれを楽しみにするとして。
パンフレットを買っておきながらまだ全然読めてないので、ちょっと落ち着いたらじっくり読みながら思い返そう。

で、一時期に比べて収入も少し余裕が出てるし、もう少し芝居も見に行こう。