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アイテム獲得の次にくるもの [おのれをひもとく]

ハコバン仕事を終えて、すっかり1ヶ月経ったね。
正直、ぼくの中ではだいぶ過去になってますわ。
日々すぎるのは速いと感じながらも、あの時期のことはだいぶ過去です。

正直なところ、ぼくは今年のはじめには、
「この1年のどこかで、おれはこの仕事から離れるだろう」
ということを予感してたのですよ。
それがどういう形なのか。
何かが起きて自分から辞めることになるのか、
何かが起こって店がなくなったりするのか。
「もう飽きたから辞めます」みたいな形ではなくて、
何かしらの理由があって、離れることになるんじゃないか、ってね。
年始に今年の指針を「流されてみよう」と言ったのは、実はこのこと。
店を離れることになった時に、はたしてどういう状況になるのか。
自分から何かを探しに行く、というよりも、何かしらの風が吹くだろう、と。
つまりはそれが「次のあなたの役割ですよ」ということなんだろう、って。
今まさに、その風がどこから来るのか、ノイズを拾わずにちゃんとキャッチできるように、
準備しているところです。

「ハコバン」という仕事をして、改めてわかったこと。
ぼくは「演奏者」ではなく「表現者」でいたいのだ、ということ。

先人の知恵というか、すでにあるものを解析して見直す、というのは重要なこと。
ある時代に流行った音楽を、フレーズやコード展開、使う楽器などといった形に
分解して理解する、というのはアレンジの勉強になるし、知識の積み重ねになる。
おそらく、ぼくはそれをアイテムとして取得するために、この仕事に流れたんだと思う。

ただ、それをそのまま再現する、というだけの作業(つまりコピーする)という点に、
ぼくはそろそろ終わりを感じてたのね。

ぼくは、その解析をした上で、「じゃ、自分だったらどういう形で表現する?」
というところを考えたいのだ。
そこで得た知識を、「では、それを使ってどんな音楽を作ってみる?」という、
次のクリエイトに利用することをしてみたいのだ。

解析したもの、得た知識を、もとのままに「再現」するだけの作業は、
3年も積み重ねればもう、あとはどれだけやっても変わらないだろう。
「演奏」するだけが目的ならそれでどこまで行ってもいいのかもわからないけど。
少なくとも、ぼくはそうじゃなかったんだな、と知ってしまった。

加えて「演奏者」としての部分においてもはっきりわかったこと。
自分は全般的な「キーボーディスト」ではなく、「ピアニスト」なのだということ。
ストリングスとかブラスの音をシンセで弾く、ということよりも、
「ピアノで伴奏をする」ことの方が圧倒的にうまみが出る。
その方がずっとずっと表現しやすいし、演奏が締まる。
お客さんからも「まさぼうの”ピアノ”がいい」と言う声がたくさんあったし。

そんなことを感じながらも、求められてる間は、
嫌な言い方かもしれないけど「仕事として」担当しよう、と。
しかしきっと、ぼくの方から言わずとも、そろそろ流れが変わるだろう、と。

案の定、流れの変化がやって来まして。
バンドの解散が伝えられた時に、「なんで?」とか「それは困る!」とかじゃなく、
ぼくは「ああ、これが(離れる)理由だったのか」とだけ思った次第。
答え合わせができた、というか。

今は、日々「コピーをする」ことから解き放たれて、
新しい刺激をダイレクトに受けられる時間に溢れてるわけで。
「再現」することを気にせずに音楽を聴いたり、
人の音楽を聴きに、芝居を見に行ったりして自分の創作意欲に直接作用してもらったり。
この3年間、そういうことがなかったわけじゃないけど、
かなりその部分に関しては制限されてる感覚があったからなぁ。

-----
ぼくが得るべきアイテムがまだまだ足りてなければ、
そこに引っ張られて何か新しい仕事をするでしょう。
「そろそろアイテムは揃ってるよ」ということであれば、
きっと作曲業の方にシフトしていかれるんだろう、と。

ただいまそんな狭間にいます。
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愛されて、45年 [おのれをひもとく]

夜中に生まれた人は人生の裏街道を歩く、
なんてことを聞いたことがありますが、別に表でも裏でもいいです。
1:34に生まれたと、母子手帳にはありました。

ああ、1年なんて早いものね。
と思いつつ、いや、結構しっかり経ってるぞ、という思いもあり。

今年の頭くらいに、「今年の誕生日にはあの曲を歌わせてもらおうかな」なんてことを考えたものだけど、
誕生日来るよりも先に店をさることになったからね。
あの曲、そのうちどこかで弾き語りでもしよう。

45歳。
昨年44になった時には、なんだかよく分からないなぁ、と思ってたのだけど、
45歳はなんだかわかる気がする。
それは「四捨五入したら50になっちゃう歳だ」という無意識から来るのかもしれない。

そして「45だから」ということではないけど、
「自分の音」への興味は、以前より強くなってるかもしれない。
これは、近いうちに書こうと思ってることなんだけど、
ハコバンという仕事を3年続けたことから来る反動というか。
そのことによってわかった、自分の中の核のようなもの。
10年前だったら分からなかっただろうことが、人生的/音楽的経験値を重ねたことによって、
多分自分の中で解析できるようになってるんじゃなかろか。

あらためて、45。
因数分解したら3×3×5。

じゃ、年表加えますか。

―――
2017年 : 44歳
久しぶりに自分で歌詞を書いて、ようやく痞えがとれる。
さらに友達が病に倒れたことから、否応なく自分のことを見直しさせられる。
そしてわかったことは、自分の表現は止めてはいけないんだな、ということ。

2018年 : 45歳
年始からの予感通り、3年続けて来た仕事を離れる。
次の風はどこから吹いて来るんだろう、とアンテナは張ってるけど、
そろそろ自分が風上に立つ、ということも考え始めるべきか、なんて思ったりもする。
時間はいつまでもあるわけじゃないんだよ、ということを忘れてはならんね。

――

45歳のまさぼうも、どうぞよろしく。
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「やりたいこと」との ずれ [おのれをひもとく]

年度末、ですね。
ちょっと前に書こうと思ってたことを、こんな日に。
いや、中途半端な日に書くものでもないかな、てなもんで。



たまに人から「やりたいことを仕事にできてるっていいね」と言われることがあって。
そのたびに、「ちょっと違うんだよなぁ」と思うのね。
それは「仕事は大変だ」とかそういう話ではなくて。
「やりたいこと」とはちょっと違うんだなぁ、ということ。
大きく「音楽」という点では同じ括りなのかもしれないけど、でも違う。

ここからは、人によっては「何言ってんのお前」と反感買うかもしれないのを承知の上で。

ぼくね、自分で「鍵盤奏者になりたい」と思ったことはないのね。
思ったことがないので、口に出したこともない。
もしかしたら、ピアノを習い始めた4歳の頃には言ったかもしれない。
「将来ピアニストになる」とか。
でもそれは、習わせてもらった親に、そう言ったら喜ぶかもしれないな、
と思って言ったのだと思う。それは思ったことがあるから。喜ぶかも、と。
だけど、その頃に考える「ピアニスト」ってのはガッチリクラシックのピアニストのことで。
1年も習ってれば、そんなピアニストになるためには相当な練習が必要だし、
その曲を弾きこなすための努力は大抵のことではない、ということくらいわかるようになる。
なので、軽々しく「ピアニストになる」なんて口にしてはいけない、という風に思ってた。
だから言わなかった。

小中と、ピアノを弾いてはいたけど、将来への興味は全然違った。
小学校の頃は電車に関連する仕事をしたいと本気で思ってたし。
高校時代、音楽の先生に「本当に音大に行かなくていいのか?」と聞かれた時も
「それを仕事にするつもりはないので」と言ったし。
大学入ってからは役者になりたいと思って、下手くそながらがんばってたし。

で、まあいろいろあって会社員なんかもやって、それもやめて。
いわゆる「脱サラ」(自分ではそんな意識もないけど)した後、今に至るまでも、
自分から「鍵盤奏者として仕事をしていくんだ!」と言ったこともなければ、
当然「鍵盤奏者として有名になる!」などと思ったこともない。
だから、そう言ったことに自分から積極的になったこともないわけで。

「じゃ、やりたいことはなんなの?」
と問われれば答えはいつも明確。
「作曲業を仕事にしたいのです!」と。

中学時代、「将来何になりたいか、夢とかではなくわりと現実的に」と問われた時に、
「作曲家になりたい」とはっきり口にして、以来ずっとそれは考えてる。
中学高校時代にバンドのまねごとをしたときも、自分で作った曲をやりたかったし。
大学時代は芝居の音楽を作ってみたりもしたし。
Sunny Funnyに誘われた時、当初コピーバンド的なバンドだったのを、
「オリジナルをやりましょう!」と言って自分の曲をどんどん打ち出して行ったし。

会社員を辞めたときも「作曲業に邁進します!」と言って、そのつもりだったし。
3年前に葬式プレイヤーの仕事を辞めたときも「これで作曲業に力を入れられる!」というつもりだったし。

だけど、鍵盤弾きとして呼ばれるわけです。
そりゃそうだよね。みんな、その部分を見て「こっちでも弾いてくれ」と声かけるのだから。
で、お客さんはそんなぼくのことを見て「まさぼう=鍵盤弾き」だと思うわけだしね。

それじゃ何?鍵盤弾きって仕事はやりたくないことなの?
と言われると、決してそうではなく。
弾くことは「好きなこと」であるし、自分にとっての「最大の武器」であると確信してる。
だけど「やりたいこと」とはちょっとずれる。

「鍵盤弾き」として見られるようになって、それが仕事になってからすでに10数年。
ここまでのポジションになってるわけだから、
それなりに自分でも「鍵盤弾き」としての自覚は当然あるし、
今後も仕事の1つとして引き受けて行くと思う。
それは拒むつもりもないし、排除することでもないし。

でも、やっぱり最終的に自分のやりたいことは「作曲業」なんだよな、
ということを、あらためて思う次第。

ずっと「鍵盤弾き」としての仕事だけにまみれてると
その部分がどんどん置いてきぼりになっちゃうのだけど、
ここら辺でもう一度、作曲脳を活性化させないとね。

そんなことを思いながら、ケネディハウスでの仕事もまる3年終了。
明日から4年目、であります。
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愛されて、44年 [おのれをひもとく]

毎年のごとく、夜中の1:34を過ぎましたのでここに報告します。

44歳になりました。

44、という年がどういうことか、まだよくわからないんだけど、
この前も書いたように、ピアノを始めてから40年、
ということが思いのほか自分の中では大きくて。
お姉ちゃんのレッスンに着いて行く、という立場ではなく、
自分が「教わる」側で教室に行った時の、わくわくした気持ち。
ピアノ弾いてればとにかく楽しい、というあの気持ち。

音楽に向かう気持ちの核のようなもの。
自分の中にあるそれが、あのときから全く変わっていないんだな、
なんてことを、今日の仕事の帰りに思い返しながら歩いてた。

会社勤めして、それなりの額をいただいてた状況から、
「ちゃんと音楽をやってみよう」と、いわゆる脱サラしたのが2005年。
あのときからも12年経ってる。
つまりは、音楽を仕事にし始めてから12年。
12年で今のポジションなら、まあ、さほど悪くはないんじゃないかな、

それでも、ぼく自身はまだまだ修行中の身だ、ということは、
自分で重々承知の上。
自分の目指す「音楽家像」までは、あとどのくらいでたどり着けるのか。
どのくらいの知識と経験値を積むことになるのか。
ま、そんなことがわかるくらいなら苦労はしない訳だけど。
ひたすら、「次の段階」への報せが届くまで、
今の状況の中で勉強をするほかないわけで。

そんなことを思いながら、44となりました。
因数分解するなら2×2×11。”11”ってのがいいね。
だから何、ってことだけど。

ということで、毎度の年表追加。

-----
2016年:43歳
いろんなことを考えながらも、なんだかんだで日々に忙殺された感あり。
それでもやっぱり、自分の作る音楽を「よい」と言ってもらえて、
そこには確固たる自信を持って進もう、と決める。

2017年:44歳
とあるプロジェクトに絡みながら、自分の中の音楽の引き出しって、
実はまだまだ開けてないところもあるな、と感じる。
必要に応じて、試しに開けてみるのもいいかな、なんて。
そして、久しぶりに一人旅もして、
「たまには日常から離れることも必要だ!!」と切に感じる。
OFFを持つからONが生きる。そういうことだ。今さら。

-----
44歳のまさぼうも、どうぞよろしく!

ほんのり40年 [おのれをひもとく]

ぼくが3歳の時の話。

お姉ちゃんがピアノを練習してるのをいつも見ていて、それがすごく楽しそうに見えたんだよね。
だもんで日々、自分もピアノを触って、音を出して楽しむようになっていって。
要は、ぼくにとってはおもちゃのひとつ。
音階だとか運指だとか、そんなことは全然わからないんだけど、
何となく「ここを押すとこんな音が出る」というのは自然とわかっていってた気がする。
自分の知ってる歌を鳴らすためにはどんな風に繋げばいいか、だんだんそれを見つけていって、とにかくそんな遊びをしてた。

そんなことをしてれば当然、自分もお姉ちゃんと同じように、
もっとしっかり弾けるようになりたいと強く思うようになっていくわけで。
で、親に「習いたい」とお願いするわけね。
すぐに連れていってくれるかと思いきや、親からの答えは
「4歳の誕生日が来たら、習い始めようね」と。
あれ?待たなくちゃダメなんだ。

大人になってから聞いたところ、3歳まではレッスンの料金が違うとか、
なんかそんな理由があったのかな?とにかく、4歳まで待った方がよい事情があったらしいのだ。

とりあえず、言われた通り誕生日を待ちながら、それでも日々ピアノを触って遊んでたのね。
それが、誕生日まであと1ヵ月となった頃。
我慢できなくなったんだよね。
なんでここから1ヵ月まだ待たなくちゃいけないのか?なんで今すぐ始めちゃダメなのか。
1ヵ月待つことになんの意味があるのか?(いや、親としては意味があったんだろうけど)。
その感情、よく覚えてるんだよね、これが。

そうして説得したのか猛抗議したのか、そこは忘れてるんだけど。
親が観念して「仕方ない、習わせるか」という運びに。

ということで、実はこの6月ですでにぼくのピアノ歴は41年目に突入してるのでした。

習い始めてからは嬉々としてピアノ弾いてまして。
楽譜の読み方もわかってくれば、細かい音符だろうと構わず読み、
レコードをかけながら楽譜を追うという「遊び」もして。
そんなこんなのうちに、聞いた音はピアノで鳴らせるようになってて。
訓練したわけではないので、自分でその仕組みはわかってないのだけど、
聞けばその音が「鍵盤のどこの音か」ということが結び付いてたんだよね。
だいぶ後になってから、それが「絶対音感」というものだと知るんだけども。

そんな風に、ただただ興味と遊びで始まったピアノで、今も仕事をしています。

ジダンダ [おのれをひもとく]

今月、全然ブログ書いてないや。
いろいろ頭の中が忙しかったのね。

25日の店のイベントが終わって、ほんとようやく頭の中がすっきりした感じ。
というところで、非常になんでもないことを書いてみようかな、たまには。

---

ちょっと前のこと。
駅まで歩く途中、子供がただをこねてる現場に遭遇しまして。
ふと思い出した自分の記憶。

ぼく人生で一度だけ「ジダンダ踏んで」だだこねたことがあるんです。
3歳くらいだったんじゃないかな。
富山の西町にあったレコード屋さんの前でね。
当時テレビでやってたオバQの歌のレコードほしい、と頼んでみたんだよ。
と、まあ案の定軽くあしらわれて。
なぜかそのとき、スイッチ入ったんだよね。「試しにやってみよう」って。

まず店先で「買ってぇー!」とねだり、そこから地団駄踏んでだだこねて、
それでもダメとなったときに、地面に仰向けになってバタバタして叫ぶかのごとく
「買ってぇー!」とねだってみて。
そこまでエスカレートしても一向に聞き入れてはもらえない。

「そうか、このやり方は(少なくともうちの親には)効果がないのか」

と、未練だけを店先に遺して、少年は起き上がって親の後をついていったのでした。

それから、無駄な労力は使わないことに決めました。
世の中の子どもがどのくらい地団駄踏んだり仰向けでバタバタやったりしてるかわからないけど、
少なくともぼくは「意図的にやってみた」のでした。

どうでもいいけど「ジダンダフンダ」ってリズムがいいよね。

愛されて、43年 [おのれをひもとく]

さて。
今年も7月7日がやってまいりました。
夜中の1:34も過ぎました。
43年前の横浜本牧の小さな病院で、こんな夜中にこの世デビューしたんですな。

毎年、誕生日を迎えるときにはそれまでの1年を振り返ってみてるのだけどね。
43。
41から2年ぶりの素数ですね。素数としては間隔が短い。
どうでもいいか。でも、なんとなく、素数。

この1年、まあ一番大きいのは「ハコバン仕事を『仕事』とした」ということかな。
今のぼくには、これを『仕事』とすることが自分の役目で、そして今勉強すべきことなんだ、
と認識したというのかな。

この辺の話はまたあらためて書くとして。

今までのようなライブの活動とはちょっと変わってきてるけど、
自分の能力を活かせることを仕事としてできてること、
そしてそれを求めてくれる人と場所があるのはほんとに幸せなことだな、と思う次第で。

ただ、ここ数ヵ月でちょっと感じたのは、「求められること」に対応してるだけでは、
やはり自分も行き詰まるな、と。
たまには自分も放出しないと、健康的ではないな、とね。
つまりは、仕事は仕事として、それ以外の部分でもう少し「自分勝手」になってもよくはないか、と。
「自分のライブもやりたいので、その時期はごめんなさい」みたいなこととかね。
吐き出しポイントをしっかり管理していかないと。
バランス、ですな。

ということで、毎度の年表追加。

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2015年:42歳
それまでのスタンスと新しい環境との中で、いろいろと追われて慌ただしく日々を過ごした感。
自分がその負荷にどこまで耐久性があるか、というチャレンジにも似てたかもしれない。
とはいえ、その全てが音楽であることを感じて、あ、おれもここまでは来られたんだな、と、
ここまでの10年が報われた気もしている。

2016年:43歳
年の初めに「よし、今はこっちにシフトする!」と決めてハコバン仕事をメインと決める。
数年来の財政難が少々解消されて、今まで抑えていた物欲をちょっとだけ解禁。
少しだけ落ち着いて、自分の音楽の表現を改めて考えてみる。
自分の音楽を聴いて、心を動かしてくれる人がいるのだから、
そこももっと表に出していかなくてはダメだ、と密かに心に決める。

------
正直なところ、今から「大作曲家」になるのはもう年齢的に追いつけない部分があるでしょ。
でも、「作曲家」にはなれると信じてるんだよね。
ただ、今はそれよりも「鍵盤弾き」としての需要の方が強いのだ、と。
そして、そこで勉強することがいずれ産み出すべき曲たちの糧になるのだ。
そう考えてます。
ぼくの人生は、きっとそういう順序立てで進んで行くことになってるのだ、とね。

今身に起きてる全てのことは、次へのステップなのだ、と。
それらのことを受け止めながら、ただ流されるだけじゃなく、43歳を進んでまいります。

43歳のまさぼうも、どうぞよろしく。

『Green Days』 [おのれをひもとく]

いきなりだけど、ぼくは大学時代に「勉強をする」ということを勉強しました。
「勉強をする」というか、「学ぶ」ということ、かな。
それは大学時代のゼミの2年間の中でね。
よく「大学行ったけど、別段何も勉強しなかった」みたいにいう人も多いけど、
ぼくははっきりと、「勉強をした」と胸はって言える。
大学時代の4年間は、ゼミで勉強したことと、芝居をやったことだけで十分な意味があった、と。

ぼくの入っていた肥田日出男先生のゼミは、専攻としてはマーケティングのゼミで。
もちろんマーケティングの勉強もするわけだけど、
先生の話はいつも、もっと根源的な「ものを学ぶ」「勉強する」というところに焦点があったように感じられて。
それは、表層的な「受け売りの知識」だけではダメですよ、ということを植え付けてくれた。
ゼミの発表の時に、知ったかぶったようなことだけ言ってしまおうものなら、
必ずその裏側をえぐられて、恥かいて終わる、というね。
さらに、グループで研究する時に、議論して議論して、
いろんな意見の中からだんだんとその本質が見えて行って、
「これです」と揺るがないものを見つけ出すと、案外それは単純なことだったりする、とかね。
あてずっぽで考えても同じことなのかもしれないけど、過程があると無いとでは答えはまるで違う。
そんなことを、2年間でものすごく経験して勉強させてもらった。

ちなみにゼミ生は、そうしたことを勉強しながら、
後輩たちにもそれを引き継ぐように、「サブゼミ」という時間を設けて下の代に教え、
自分の考えを確固たるものにして行く、というシステムもあって。
ただ、ぼくの代を最後に先生がしばらく研究に入るということで、下の代がいなかったのね。
なのでぼくの代はその「サブゼミ」で教えるという過程がなくて。
当時は「めんどくさくなくていいや」的な思いもあったけど、
今になってみると「その経験があったらまた少し違ったのかな」とも思う。

ゼミでは毎年、ゼミ生をいくつかの班に分けてグループごとに研究をして、
その発表の場を「肥の出会」として開催してた。
「肥の出会」はその研究発表のほか、現場で活躍しているOBの講演と先生の講義などもあって、
毎年OBたちも集まる場となっていて。
先生が定年で退職したあとは、現役の発表こそ無いものの、それでもほぼ毎年、
OBによる「最近のマーケティング事情」や、市場動向などの話、
そして先生にも講義してもらって、定期的な「学びの会」として開催されている。

で、毎回幹事となる代が持ち回りとなるんだけど、今年は我ら22期が担当することとなって。
最初は「どうしようかねぇ」なんて言ってたんだけど、
中でも中心になって動いてくれた2人から「五感に響く」というテーマでやってみよう、
という話になり。
ヨガスタジオを経営する先輩にお願いして簡単な呼吸法などを実践してみたり、
化粧品の開発などをしてる同期からは「香り」をテーマに話をしてもらったり、
中華料理屋のチェーン展開をしている同期には、懇親会のためのケータリングを担当してもらったり。
さらにはちょうどタイムリーな「電力自由化」で、電力会社を経営する先輩からの話もあったり。

そんな中で、はじめに言われたのは「今回は中田くんの力がどうしても必要なの」と。
つまりは「音楽」を担当することに。

会の要所要所で演奏を入れてほしい、ということで。
さらにはゼミをテーマに1曲作ってみてほしい、ということで。

実際に今年の会では開幕に、先生からのリクエストで「風と共に去りぬ」から『タラのテーマ』を演奏。
その後も懐かしのフォークソングなども予定してたんだけど、いろいろと講演/講義に熱が入り、
時間調整のために、懇親会の中でリクエスト募りながら、さながら「歌声喫茶」状態。
みんなが楽しんでくれたところで。

では最後に、ゼミをテーマに作った曲を1曲聞いてください。
ということで自作曲を演奏。

これね、作るのになかなか苦労して。
というか、とっかかりがね、「ゼミをテーマに」と言ってもなあ。
ゼミのイメージで「かっちりした」感じの曲にしてみようか、とか、
みんなで歌える歌にしてしまおうか、とか。
とにかく「どんな曲にしようか」と相当悩みに悩んだのだけど。

最終的には「個人の回想でいいか」と。
つまり、ぼく個人が肥田ゼミというものをどんな風にイメージして来たのか。当時と今と。
そんな映像にBGMをつける、サウンドトラック的な発想にしてみればいいか。
それを聞いた人が、それぞれの映像を思い起こしてくれればいいんだ、と。
まさに「五感」フル活用じゃないか、とね。

ということで、作った曲。
見事に、参加されたみなさんがそれぞれの思いを感じ取ってくれたようで、
中には「泣いちゃった」という方もいたりして。
なにより、先生がすごく喜んでくれてね。
あ、これで今年の会はきれいに閉めることが出来たぞ、と。達成感。

なるほど、ぼくが人に提供できるのは、こう言うことなんだな、
ということもフィードバックしたりして。

今年の肥の出会は、正直参加人数が昨年から大幅に減っちゃったんだよね。
時期的には「子供の運動会が」と言う人が多かったのが敗因。
そうか、この時期は避けた方がいいんだね、ということは1つの事例として次に残さなきゃ。
ただ、それはそれとして。
講演を担当してくださった先輩方の話も、先生の講義も、
非常に充実してて(って簡単な言葉で流すのはもったいないが)、
先生曰く「今年はここ数年の集大成ができあがった、頂点じゃないか」とまで言ってくださって。
幹事担当代としてはほんとに、ひと安心とともにちょっとした誇り。

ま、これに慢心すること無く、
さらに日々を丁寧に過ごして行かなくてはね。

----
そんなわけで、今回のために作った曲をおすそわけ。

このたび、正式に [おのれをひもとく]

昨年4月1日に初ステージを踏んでからもうすぐ丸1年。
というこのタイミングでこのたび、
ケネディハウス銀座のハウスバンド「スーパーワンダーランド」のキーボードとして、
正式にレギュラーメンバーとなることになりました。

ま、常連さんの中には「あれ、まさぼうってメンバーではなかったの?」て思われてる方もいらっしゃるかもしれないけど、
晴れて堂々と「メンバーです!」と言えることになりました。

ぼくが昨年サポートとして参加する前の数ヶ月というのは、キーボードとベースともにサポートミュージシャンのスケジュールを駆使して、日々のステージを回していたということで。
たまたまその時期にゲストライブという形でケネディハウスでライブをやったぼくに白羽の矢が立ち、
「とりあえず、今のスケジュールで入れる日だけで大丈夫なら」ということで引き受けて。
ぼくともう1人、バンドから離れる予定だった前任キーボードの方と半々くらいで「シフト制」のような形で4月から進めてきたのね。
実は4月中に一度、リーダーである司さんから「中田さんさえよければ、すぐにでもレギュラーメンバーになってほしい」というお話はいただいたことがあったんだよね。
ただこの時点で、そもそも急な話だったのもあって、ぼくの予定はまだかなり立て込んでたし、
平日の夜にやってるピアノのレッスンをいきなり止めるわけにもいかず。
なので、「話は大変ありがたいのですが、しばらくは今の状態でお願いします」と。
この辺りではまだ、前任の方のスケジュールで穴が開くところをぼくが埋める、という順序だったのね。

これが、夏を迎えるあたりから逆に、ぼくのスケジュールで穴になるところを埋めていただく、
と順序が逆転するようになっていって。
さらにはこの頃から、バンドとしてのイベントごとにはぼくの方が参加する形になっていき。
少しずつ比重が変わってきてね。

冬も近くなってきた頃、前任者が「1月をもって、完全撤退する」ということになって。
この時、一度バンド側はキーボード奏者の募集をかけたんだけど、応募者の中から適任者がおらず。
そんな状況を見てる中で、「これは、おれが決断下せば一挙に解決するのかもしれない」と。
ちょうど、びゅーちふるずの2016年の年間スケジュールも大方決まってきて、
ピアノの生徒さんにも事情を話して理解してもらい(「できる日にレッスンしてもらえれば大丈夫です」と言ってもらえてね。)、
2月以降は基本的に毎日出られるように整えて。
今までいろいろとサポートしてたミュージシャンの皆さんにも「基本的に土曜日は保証出来ません。日曜祝日なら大丈夫ですよ。」と報告を入れて。
ま、「決断下した」わけですな。

これで、スーパーワンダーランドとしてこの1年半ほど、いろいろと踏み出せなかったことが、
一気に進められるようになるんじゃないかな。
なっていかれればいいな、と。
ぼくは前任者が持ってた派手さとかセクシーさは残念なほどに持ち合わせてないけど、
(あ、"色気のあるピアノ"なら持ってますよ!)
楽しいこと、面白いことを展開させるなら今までよりやりやすくなるだろう、と思うんだよね。
自分ではね。

レギュラーメンバーである、という責任もしっかりと持ちながら、
あの場をどれだけ楽しんでいかれるか、お客さんにハッピーな気持ちになってもらえるか。
なんて構えることもなく、日々楽しんでいればいいんだよね、と。
たぶんそれが、ぼくの役割の1つ。

ということでみなさま。
ぜひ一度、ケネディハウス銀座に遊びにいらしてください。
一度来たらきっと、お店のファンになると思います。
swl.jpeg
よろしくねー!

鍵盤弾きまさぼうの2015年 [おのれをひもとく]

さて、大晦日。
早いなぁ、もう。ほんとに今年は早かったなぁ。

今年の大変化はただ1つ。
まさか自分がハコバンをやるとは思わなかったよ。
昨年末にいろいろあって「もう葬式の仕事はやめよう」と決めた時には、
年が明けてからのことは全然考えてなくて。
まあ、ライブの仕事をいろいろやりながら曲作りの方にシフトできればな、
ということくらいを考えてたんだけどね。
これがまさかの方に転がって。

多分、今は作曲業の方よりも「もっとたくさんインプットしておけ」ということなのかな、って。
葬式の仕事をした時には、今の70-80代の方々の流行歌をたくさん知ることになって。
今は50-60代の人たちの流行歌をたくさん浴びることになって。
きっとこのことがぼくの、次の何かのために必要なことなんだろう、と踏んでる。

そんなわけで、今年も弾く方に大分シフトしちゃって、
作曲のコンペには、年の初めの方にちょっとだけ出しただけで終わっちゃって。
「あー結局、おれの作曲脳を使わずに終わっちゃったなぁ」と思ったりもしたけど、
いやいや、そんなことはない。
5月に公開の映画の音楽をまるまる担当したではないか。

さらには、昨年の録音分もあわせて、今年はメジャー流通で発売された音源にも多数、
鍵盤弾きとして参加させてもらったね。
そう考えると、ちゃんと、音楽家として活かされてもらってるな、と思うばかり。
ありがたいです。

ひとまずまとめてみましょうかね。

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【1月】
■1/4(日)びゅーちふるず @柏 STUDIO WUU
■1/11(日)Tokyo Soul Unlimited feat. P-chan @四谷 SOUND CREEK Doppo
■1/17(土)樋口政也 @下北沢 BAR CCO
■1/27(火)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
そういえばびゅーちのプチ遠征から始まったんだ今年は。
ライブの前に柏の葬儀場に「昨年末で仕事辞めましたもんで」て挨拶しに行ったっけね。

【2月】
■2/8(日)浅野孝已(Godiego) meets 深山健太郎&Friends @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
■2/12(木)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
■2/14(土)びゅーちふるず @吉祥寺 Planet K
ある意味、運命の2/8の健太郎さんライブ。これが無ければ4月以降銀座で弾いてないからね。

【3月】
■3/1(日)岸田高明 @目黒 Kahoo
■3/8(日)深山健太郎 54th Birthday Session @四谷 Sound Creek Doppo
■3/20(金)火凛 (Colyn) @渋谷 nostyle
■3/21(土)SOUL CANAPE @西荻窪 ふぇいばりっと
■3/22(日)火凛 (Colyn) @渋谷 The Room
■3/24(火)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
いろいろとやりながら、4月からのハコバンのための曲の仕込みに必死だった時期。
久しぶりの脳フル回転と緊張でぶっ倒れそうだった。

【4月】
■4/5(日)Tokyo Soul Unlimited feat. T-Slim @四谷 SOUND CREEK Doppo
■4/18(土)びゅーちふるず @武蔵浦和 しらはた作業所前遊歩道
■4/18(土)樋口政也 @阿佐ヶ谷 harness
■4/28(火)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
とうとうハコバン開始。日々あたふた。そして追加曲に追われる日々。
それと並行して映画のサントラ作り。大変だけど楽しい日々。
でもって、ライブとしては18日のびゅーちとマクの1日2本、というね。

【5月】
■5/4(月・祝)kazumi @四谷 Sound Creek Doppo
■5/5(火・祝)Mac the Nice Soul Revue! @四谷 Sound Creek Doppo
■5/16(土)Tokyo Soul Unlimited feat. BigMac Ariga @四谷 SOUND CREEK Doppo
■5/23(土)林祐詩 @関内 関内ホール
GWには映画「哀艶のジョルノ2~夢魘のサイガ~」公開。サントラ、おおむね好評。
そして2週連続でMacさんとライブね。

【6月】
■6/5(金)びゅーちふるず @渋谷 TSUTAYA O-Crest
■6/14(日)びゅーちふるず @山梨 万力公園噴水広場特設ステージ
■6/17(水)岡部ともみ @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
■6/20(土)樋口政也 @四谷 SOUND CREEK Doppo
■6/27(土)びゅーちふるず選抜 @阿佐ヶ谷 harness
■6/23(火)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
びゅーち関連で埋め尽くされ。
山梨は急な話だったけど奇跡的にメンバーの都合があったんだよね。
27日のチョメフェスではレア曲放ったりして。
ケネディではこの月から月1の岡部ともみさんのライブも担当。

【7月】
■7/5(日)Tokyo Soul Unlimited feat. Jake Horie & Yozzy @四谷 SOUND CREEK Doppo
■7/12(日)びゅーちふるず @渋谷 Crocodile
■7/19(日)岩間沙織 @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
■7/20(月・祝)樋口政也 @甲府 Conviction
■7/26(日)林祐詩ワンマン @恵比寿 天窓.switch
■7/28(火)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
■7/29(水)岡部ともみ @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
月初のTSUをもってぼくはTSUから離脱。
びゅーちは今年前半のヤマとなる2マンで大発散、マクは故郷凱旋ライブ。
銀座では元セイントフォーの岩間さんのライブに参加。
そして祐詩くんはレコ発ワンマン。内容の濃い月だったね。
ちなみにこのあたりから、銀座のシフトはぼくをメインにまわして行く形に。

【8月】
■8/22(土)ケネディハウス夏イベント @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
■8/25(火)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
■8/27(木)岡部ともみ @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
■8/29(土)樋口政也=マクランドワンマン @四谷 SOUND CREEK Doppo
新レパートリー発表会的なケネディの夏イベントで、初めてバンドメンバーと新曲にあたって、
ようやく「バンドのメンバー」的な立ち位置で話が出来た気がする。
40歳の誕生日を迎えてのマクワンマンでは3曲入りのCDも発売したね。

【9月】
■9/16(水)岡部ともみ @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
■9/22(火・祝)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
ふと、何も無い感じの9月。
実穂ちゃんのセッションの日は、昼間にイタリア歌曲の伴奏のお仕事をしたんだっけね。

【10月】
■10/24(土)SOUL CANAPE @杉並公会堂 小ホール
■10/27(火)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
■10/31(土)岡部ともみ & OBバンド @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
短い時間ながらも久しぶりのホールライブは気持ちよかったね。
それと、OBバンドのライブは難曲たくさんだったなぁ。前日のハロウィンナイトと連日で、
生也さんと2人で倒れそうだった気がする。

【11月】
■11/14(土)びゅーちふるずワンマン @吉祥寺 Planet K
■11/21(土)泉/サイトウヒロミ @四谷 SOUND CREEK Doppo
■11/24(火)永井実穂 Session @新宿Golden Egg
■11/25(水)岡部ともみ @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
■11/27(金)小野寺サトミ @南青山 MANDALA→中止
11月と言えばびゅーちのワンマンだね。ここ数年で一番いいワンマンができたよ。
弘前から遠征してくれた泉さんとのライブも、うまく呼吸取れてできたね。
そして残念だったのはサトミ先生のライブが、ご本人の体調により中止になってしまったこと。

【12月】
■12/16(水)岡部ともみ @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
■12/25(金)樋口政也=マクランド @下北沢 BAR CCO
■12/27(日)びゅーちふるず @吉祥寺 Planet K
■12/28(月)ケネディハウス大忘年会 @銀座 KENNEDY HOUSE GINZA
年末に向けてボリューム増加の12月。
どのライブも大盛況で今年を締められたな。

4月以降の銀座勤務でもっとライブの本数少ないかと思ったけど、
9月が無かったくらいであとはさして変わってないんだな。

ライブが40本。
セッションは10本、か。
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そして録音に参加したのが以下の楽曲。
○乃木坂46『自由の彼方』(album「透明な色」【Type-A/B】収録)
○乃木坂46『ごめんね ずっと…』(single「命は美しい」【type-B】収録)
○春名るな『Beautiful World』 (album「Candy Lips」)
○小日向縁(CV:三澤紗千香)『また明日ね』
(album「普通の女子校生が【ろこどる】やってみた。ソング&ドラマアルバム~のんびり屋のゆかりさんと…~」収録)
○HR『トイ・ソルジャー』(single「トイ・ソルジャー」収録)

○林祐詩『Voice』『めくれないカレンダー』(album「グラデーション」収録)
○マクランド『課外授業』『スピーカーねえちゃん』『夜はいつも知らん顔』(single「課外授業」収録)

なんだかんだやってるのな、おれ。

新しい年は、どんな年になるんだろ?
そして、どんな音を作って行かれるんだろ?
楽しみだな。

2015年、お世話になったみなさま、本当にありがとうございました。 よい年をお迎えください。

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